マツダ 黎明期

マツダの黎明期

昭和の街でよく見かけたマツダ製の三輪トラック

日本のモータリゼーションは、二輪から三輪、そして四輪へと、車輪の数を増やしながら進んだ。

 

戦前のマツダも二輪の試作から始めて、その後部を二輪化した三輪トラックで自動車メーカーとなった。

 

作りやすく安価な三輪トラックは、貧しい時代の日本の物流を支える主役だった。中でも効率的な量産技術をいち早く確立したマツダのそれは、品質と価格の両面で日本中で愛され、2トンクラスまで作られて長く各地で見られたのだ。

 

 

CA型四輪トラック(1950年)

 

CA型四輪トラック

 

東洋工業(元マツダ)造った初めての四輪車。排気量1157cc空冷2気筒OHVのCAエンジン(32馬力)搭載。積載量1トンの小型トラックで、その後の乗用車生産の礎を築く。

 

 

マツダDA型(1931年)

 

マツダDA型

 

マツダのクルマ造りはこの三輪トラックに始まる。エンジンをはじめ、主要部品の国産化を目指し、東洋工業特許の後退ギア付きトランスミッションなども導入された。

 

 

K360軽三輪トラック

 

K360軽三輪トラック

 

ポップな2トーンカラーのデザインと手頃な価格で人気になった軽三輪車。11馬力の空冷Vtuin エンジンをミッドシップマウントし、後輪を駆動。最大積載量は300kg。

 

 

T2000型三輪トラック

 

T2000型三輪トラック

 

オート三輪のトップメーカーとなった東洋工業は1957年に丸ハンドルを持つ2t車HBR(空冷2気筒)を発表。1962年には水冷4気筒2.0リットルを積むT2000も発表。昭和の街を走り回った。

 

 


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