ロードスター

ロードスター|マツダの名車シリーズ

マツダだから通った商品企画

ロードスター

 

マツダの歴史の中で、折々に直面した困難を乗り越える力となったのは、コスモスポーツやRX-7といったスポーツカーたちだった。装備や販売力といった、車の本質を離れた要素で成否が決まる実用車より、見る目の肥えたファンに指示されるそれらが救世主となったのは、決して偶然ではない。

 

スポーツカーこそ、数値性能という記憶より、共感という記憶で愛される存在なのだ。

 

1989年に発売されるやいなや、爆発的なヒットとなり、世界の一流メーカーに後を追わせたロードスターも、だからマツダにとっては当然の作品だった。

 

軽量コンパクトなボディに実用車のエンジンを積み、手頃な価格で思いのままのハンドリングを楽しむライトウェイスポーツカーは、1960年代までは英国のメーカーを中心とした定番カテゴリーだったものの、1980年代にはすっかり忘れ去られた存在になっていた。

 

マツダの社内でも、売れるあてもないその商品化は最初から全面的な賛同を得たわけではない。

 

しかし、ロードスターの企画は「マツダには他社にない独自のスポーツカーが必要なのだ」という歴史的背景を強調したエンジニアの情熱的なプレゼンによって、GPサインを獲得したのだ。

 

 

走りへの想いはその後のマツダ車にも

3代目ロードスター

 

コストは売り安さを重視するなら、FFでやそのパワートレーンを使ったミッドシップという手もあった。事実、その検討もされたという。

 

しかし、スポーツカーの魅力とは何かを考えぬいた彼らは、人馬一体のハンドリングを求めてFRにこだわり、剛性面では不利なオープン、しかも使い勝手より走りを追求した2シーターという、普通のマーケティングでは絶対に出てこない結論を導いた。

 

実はトヨタ86の開発者は、企画を通すために苦吟する中で、歴代のロードスターやRX-7の開発を手がけた貴島孝雄氏に広島まで会いに行き、どうやって企画を通したかを尋ねた。

 

その答えは、「マツダはそういう会社なんです」だったという。

 

その社風がなければ、今頃は世界中から手軽で楽しいライトウエイスポーツカーは完全に姿を消していたことだろう。開発中の新型が、排気量やボディサイズを縮小し、ライトウェイトの減点に変えると伝えられるのも、その見識を物語る。

 

開発者の走りへの思いこそ、記憶に残るマツダのDNAなのだ。

 

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ロードスター変遷史

1989年初代ユーノスロードスター発売 排気量は1.6Lで価格は170万円から1990年オートマチック車を追加1992年赤内装の限定車Sリミテッドを発表1993年1.6Lから1.8Lにエンジンを変更1998年フルモデルチェンジで2代目へ移行2000年商品改良で出力やボディ剛性を強化2005年フルモデ...

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