マツダの車とヒストリー

マツダの歴史と車への挑戦ヒストリー

マツダの車への挑戦

長時間の運転で波状摩耗が起こってしまうと、ドイツのメーカーが断念したロータリーエンジン。

 

マツダは意地と信念で開発を進め、1967年、世界初のロータリーエンジン量産車コスモスポーツを発売する。個性的なデザインや楽しさにこだわったハンドリングで、日本以上に欧米での評価が高いマツダ。コスモスポーツやユーノスロードスター、RX-7など、マツダの名車たちはいまなお世界中に多くのファンを持っている。

 

 

記憶に残る車造り

歴史に名を残すには、記録に残る道と記憶に残る道がある。ただし、記録は必ず誰かに凌駕される宿命を持つ。対して、人々の記憶に残る独自の生き方は、どんな更新が現われようとも、色あせることなく後世に語り継がれるだろう。

 

その記憶を積み重ねれば、誰にも超えられない記録にもなる。マツダの歩みはまさにそれといってもいいのではないだろうか。

 

マツダの全身となる東洋コルク工業は、倒産寸前のコルク製造工場を再建するため、地元広島の財界人の手で1920年(大正9年)に設立された。その翌年に、請われて社長に就いた松田重次郎氏はみずから松田式ポンプなどを開発、販売して成功した技術者だった。

 

彼は生き残りのために機会工業への進出を志し、1927年にDA型三輪トラックを発売して自動車産業に参入した。

 

このDA型に付けられた車名がMAZDA号。松田氏と、ゾロアスター教の知恵の神、アフラ・マズダにかけたブランド名は、この時に定まったのだ。

松田重次郎
松田重次郎氏(1875年8月6日-1952年3月9日)


 

 

マツダDA号

1940年には乗用車の試作にも成功したものの、同社は第二次世界大戦の戦火に蹂躙される。1945年8月6日の原爆投下などの苦境を乗り越えて、初の四輪トラック、CA型を完成させたのは1950年のことだ。ただし、貧しかった当時の日本では、経済的な三輪トラックの需要は根強く、同社は大手メーカーとしては最も遅い1974年まで、三輪トラックを生産していた。地元ではバタバタと呼ばれた同社のオート三輪が日本中で親しまれたことで、マツダは経営の地歩を固めたのだ。

 

 

生き残りをかけた先進技術への挑戦

 

しかし、1960年に発売された待望の乗用車、R360クーペは、そんなイメージを覆す意欲作だった。軽乗用車初となる4ストロークエンジンは、マグネシウム合金を多用したV型2気筒。軽合金を使った軽量モノコックボディや軽自動車では初のトルクコンバーター式AT等、その内容は先進技術の塊だった。

 

その技術へのこだわりは、オールアルミ製4気筒エンジンを積むキャロルやファミリアにも受け継がれ、同社の伝統となっていく。実はそれも、広島の小さな自動車メーカーが生き残っていくための必然でもあった。

オートザムキャロルAA型


 

ロータリーエンジンの開発

 

ロータリーエンジン

1961年に巨費を投じてロータリーエンジンの開発に乗り出したのもそのためだった。

 

国内自動車メーカーを数社に集約しようという当時の通産省の方針に抗して彼らが生き残るためには、他社に真似の出来ない、オンリーワンの独自技術がどうしても必要だったのだ。

 

1979年からのフォードとの提携もその個性に目をつけた先方からのオファー。マツダにとってもそれは世界を知る好機となった。他にない個性を重視するマツダの評価は、国内で思う以上に海外では高いのである。


 

 

マツダのあゆみ

1920年(大正9年) 東洋コルク株式会社(コルク製造)として創立
1927年(昭和2年) 社名を東洋工業株式会社に改称し工作機械などのメーカーへ
1929年(昭和4年) 2サイクル250ccの二輪車を市販
1931年(昭和6年) 三輪トラックDA型の生産で自動車製造業に進出
1945年(昭和20年) 広島に原爆投下、終戦
1950年(昭和25年) 小型4輪1t積みトラックCA型
1960年(昭和35年) 軽初の4サイクルエンジンを搭載したR360クーペ発売
1961年(昭和36年) 独NSU社、バンケル社とロータリーエンジンの技術提携
1962年(昭和37年) キャロル発売
1964年(昭和39年) ファミリアワゴン発売
1965年(昭和40年) 第一回日本サッカーリーグを無敗で優勝
1967年(昭和42年) 自動車生産500万台達成
1970年(昭和45年) ファミリアシリーズが累計生産台数100万台達成
1973年(昭和48年) ルーチェAPが低公害車優遇税制に日本で初めて認定される
1979年(昭和54年) 自動車生産累計1000万台達成
1980年(昭和55年) ファミリアが第一回日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞
1981年(昭和56年) フォード車販売チャンネル「オートラマ」設立
1984年(昭和59年) 社名をマツダ株式会社に変更
1987年(昭和62年) 自動車生産累計2000万台達成 スズキとの軽自動車生産協力を発表
1989年(平成元年) 販売チャンネル「ユーノス」「オートサム」設立 ユーノスロードスター発表
1990年(平成2年) ユーノスコスモに世界初のGPSカーナビ搭載
1991年(平成3年) ル・マン24時間レースでマツダ787Bが日本車初の総合優勝
1994年(平成6年) ガルウイングドア採用のKスポーツAZ-1発表
1998年(平成11年) マツダの社章を現在のものに変更
2002年(平成15年) 新ブランドメッセージ「ZOOM ZOOM」発表
2004年(平成17年) ロードスターが2人乗り小型オープンスポーツカーの生産台数記録を更新
2009年(平成21年) 東京モーターショーで次世代エンジン「マツダSKY-G」とマツダSKY-D」を世界初公開

 

 

  • マツダ販売チャンネル
  • マツダアンフィニ店:旧マツダオートサム店。1991年にアンフィニ店へ改称、1996年ユーノス店統合
  • マツダオートザム:1989年開設、元々の経営母体は中古車査定ディーラー。1998年からはマツダ名称に変更

 

 

 
 

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